Nov 03 2009
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その頃ね、(夜の)11時からテレビを見る人なんてのはいなかったの。
それ(この時間帯の番組の企画)を頼まれたの。
それじゃあ、どうしようかと。
家庭にいる奥様方にご亭主はどんなところにいるか、酒場を映して、クラブを映して、呑んで、そこでダンサーが踊ったり、いろんな会話をしたりするのをやったの。
それと、演芸みたなのを。
それで、片一方(前者)が「11PM」という番組になった。
で、こっち(後者)が、「金曜夜席」っていう番組になって、それを「笑うポイント(点)」(と名付けた)、あれは柳原良平って人のアイデア*1。今までは「日曜演芸会」とか「火曜名人会」とかだったのを、「笑点」ってぶっ切ったのも成功なの。
それで、座布団の運びっていうあれはね、刑務所の発想なの。昔の牢屋。
牢名主が沢山積んでるじゃないですか。あの発想なんです。
最初は(大喜利の司会を)円楽にやらせて、俺は円楽を売ろうと思ってましたから自分は作家でいたわけ。でもあんまりにも下手糞なんで、私がやった(笑)。